テキパキと作業してくださいました
ホームページを見て遺品整理の依頼をしてくれたお客様よりご意見を頂戴しました。

たくさんある業者の中からメモリーズを選んでくださり大変光栄です。
この業界も参入が激しく、弊社スタッフも毎日緊張感を持って作業しており、志だけは負けないよう努めております。
喜んでいただく事が明日に繋がると信じて頑張ります。
大阪で新たな人生を
福島県に暮らしていた方が震災で被災し、かばん一つで大阪に来られたので家財道具を寄付致しました。
その方からお礼のお手紙を頂きました。

日々の現場から出る大切な遺品は、このような形で寄付させてもらっています。
確実に言える事は、平凡な生活ができなくて、不安な日々を暮らす高齢者の方が結構いるって事です。
遺品整理という仕事でお客様に喜ばれて、寄付しても喜んでくれる。紹介してくれた行政や介護関係の方も喜んでくれる。
こんな素敵な仕事に出会えた事が奇跡と思ってしまいます。
大阪での第二の人生が素晴らしいものになるように、スタッフ一同願っております。
肉食らう!
10月の決算も終えスタッフで食事会を行いました。
10月末までびっしり仕事をしたので皆の意見は「肉」。
という事で行った店は大阪ミナミにある北むら。

恥ずかしい話ですが、こんなおいしいすき焼き食べたの産まれて初めてでした。
それにしても最高に幸せな気分でした。
みんな口を揃えて、プライベートでは絶対来れない・・・と言い合いました。
スタッフは車で出勤で仕事は朝が早く、ごはん一緒に行くことは滅多にないので、このような時間が作れてうれしかったです。
現代ならではの悲劇
先日1本の電話を頂きました。
電話主は40代女性、一人暮らしの母親が孤独死してしまったと相談がありました。
この女性宅から母親の家まで車で40分ぐらいですが
「見積には立ち会いません。」との事でした。
私は委任状をもらい一人で見積に向かいました。
現場はかなり田舎で家を見つけるのに苦労しました。家は全然手入れが行き届いてなくて、家が隠れるぐらい雑草などが生い茂り、人が住んでいるのが不思議なぐらいでした。
部屋に入ると更に驚きました。

食料品が家中に散らばっていて、蜘蛛の巣が前進を阻みここ10年ぐらいほったらかしの状態のように思えました。
荒れ放題の台所の奥で母親は亡くなっているようでした。
私は思いました。母親は高齢により肉体的、精神的につらく、ご飯も作れなくなっていたのではないかと。誰にも頼れなかったのかと思うと泣けてきました。
逆に依頼人である娘さんになぜ連絡を取っていなかったのか不思議に思えました。
このような亡くなり方は防げたはずという思いが強くなり娘さんに聞きました。
「母親からは幼少時代に虐待がありどうしても近づけなかった・・・。」と泣きながら話しておられました。
私は行き場のない怒りを覚えました。
批判するのは簡単ですが、現代ならではの悲劇だと思わざるを得ません。
ただ娘さんには「後悔」が見受けられました。
母親にもきっと「後悔」があったはずです。
自分の死に様の覚悟はできていますか?
感謝や思いやりの言葉はきっちり伝えた方がいいですね。
再認識
初心に戻れる現場があります。
毎日現場に追われていると作業以外の事に配慮するのを忘れそうになりますが、時々遺品整理人という立場を再認識させてくれる現場があります。
大阪郊外にある戸建住宅の遺品整理。依頼人は娘さん姉妹。
お姉さんは母の遺品を整理する気持ちになるまで2年の月日を要しました。
作業当日我々スタッフが荷物を梱包し始めるとお姉さまが泣き出しました。
家族で囲んだ食卓セットや身につけていた衣類、次々運び出されるのを見て耐えられなかったのだと思います。
妹さんが泣きじゃくる姉さんを宥める姿にスタッフ一同心打たれました。
家族の絆が薄くなっている事を日々感じて落胆する時が少なくない中で、これほど故人を思い、感謝に溢れた現場があった事がどれほどうれしかったか。
いつになくスタッフに緊張感があり、遺品を扱う姿が頼もしく思えました。
後日妹さんから連絡がありました。
「姉が納得できる作業を感謝しておりました。依頼してよかったと思います。」と妹様も涙を流されました。
遺品整理人は人と人の繋がりが希薄になっている現状を目の当たりにする事が多い。だけど時に何ともいえない幸せな気持ちになる時がある。
その瞬間は今まで仕事で味わった事がない感動を覚える。
素晴らしい遺品整理人になるために感動を与えられる作業目指して頑張ります。


